古武術研究家 甲野さんの術をお手本に武術の動きを研究しています。稽古会開催中。
2019年06月08日 (土) | 編集 |

修行僧は、質素な食事に徹したり、時に絶食する中で悟りを開くという。筆者も、夕食はお湯に蒸した一杯の五穀米だけを飲み続けたが、頭が妙にクリアになった。

こんな苦労をしなくても、平常時でも同じようにクリアになれば、いろいろと発想も豊かに冴え渡ると思う。

その手法とは、空腹感を突き詰めること。実際の空腹感とは関係なく、空腹時を想定して、その根源を内観していくと、クリアとまでは行かないが、何か妙な気分、無意識との間にいるような感じ。

あえて表現すると、深海の底に沈んでいく中で、いつもとは違ったエネルギーが出てくる感じ。気を付けなければならないのは、この感覚を得たときから、一過性とは思うが、チョット体質が変わる。

このエネルギーは、古の武術で使う中で、大いに発展していくものと考えている。

下の動画は、抑えられても寝返りを打つもの。難しいものではないが、濃淡が無いように脱力する事がコツ。


2019年06月07日 (金) | 編集 |

ここ名古屋では、夏のような日差しが続いている。植物の育ちも良いのか、蝶々が花から花へ舞う。

一見優美に見えるが、あの羽根で動き続けるためには相当のエネルギーが必要になる。多分蜜を吸い続けなければならない。とすると、空腹状態が生命エネルギーを掻き立てるかも。

人も腹が減ったとばかりに、食べたくなる衝動は一体どこから来るのか?胃なのか?脳なのか?
この不思議な感覚の源を奥深く辿っていくと、原始の頃の遺伝子に当たるかもしれない。

こんなことを考えていると、身体の深遠さに驚くとともに、この内観的意識は無意識領域につながり、神秘的な力を生み出しそうである。

で、古の武術では、極めて東洋思想的な術、気とかそういうものを扱うようになった。これを、一般化した西洋スポーツや武道にどのようにアプローチしていくのか、相当に難しいが、大きなモチベーションになっている。

下の動画は、四方八方に力の領域を作るもので、身体に境界の曖昧な領域をいくつも作り崩すもの。それぞれの領域は、それぞれが独立して動く。


2019年06月06日 (木) | 編集 |


同情出来るのは優しい心の持ち主、同情は動物と違った人だけの特性とか。昔は、そんな他人への思いやりが重要と教育を受けた。


いつしか、同情は哀れみに近い言葉として捉えられ、今は共感こそが重要と解く。


でも、共感という理論的に生まれたような言葉を、文字通り人が心で意識するのは、無理があると思う。


人の心は正確に推し量る事は出来ない。それが出来ると考えるのは、意識のおごり。人の気持ちや心が何となく通じているという感覚こそが、無意識レベルで心が交換されているように思う。


この状況に至るには、かなりの心の経験値が必要でしょう。


で、古の武術も、いろいろな経験値を積んで、無意識の動きが出てくると、不思議な世界の入り口に初めて立つ事が出来る。それは、従来の常識的な動きを、ほぼ否定し、根本からの見直しを迫る。


下の動画は、セピア色に染めて大きな力を引き出す動き。色を変えて感じると、動きが無意識レベルで影響を受けて、崩し易くなる。

ただ、無意識を高めすぎると、普通の生活が送り辛くなるので、注意が必要。



2019年06月05日 (水) | 編集 |

気が進まない研修会に参加するため、朝からいつもと違う駅で降りなければならないのだが、気が付いた時には素通りしていた。意識で分かっているのだが…。きっと、行きたくないから無意識がそうさせたのでしょう。


無意識は、客観的ではなく、感情を大いに引きずっている。


で、古の武術では、この不可解な無意識の動きを捉える。無意識だからといって、客観的に最短で動くことを求めているのではない。何も気にせずにただ自然に動くだけ。


下の動画は、ただ腕を上げると、初動が消えて抑えている相手を難なく崩す事が出来る。練習法は、意識で一旦腕を上げて、その後に意識する事なく腕を下げる。その下げた軌跡を反対になぞっていくと、腕が軽く上がる。

下の動画は無意識の動きで初動を消すもの。


2019年06月04日 (火) | 編集 |


マーベル映画が、世界中で大人気と言う。日本は例外で、コナンの方が人気が高い。職場でも、マーベルに取り憑かれたような人がいるが、その理由がよく分からなく、気になっていた。


名越さんが目から鱗的に分析していて、「異質さに対する本能的防衛こそ自我或いは現実を保証している ーというテーマそのものではないか」と。歴史をさかのぼると、日本は風土的に侵略は少なかったが、諸外国は陸続きなのでいつも脅威にさらされている、そんな違いが根底にあるかも。


で、古の武術も、明治以降に逆転した古い常識がベースになっている。現代の西洋的なものに比較して、全てが異質なため、現代武道界の場外にある。


これはやむを得ないことで、光岡師範は「常識を覆したくない、定説が良いという人はご遠慮ください」と自らの講習会の特徴を語っている。


本会も、唯識などと自我を捨て去るベースの術理を説いているなど、現代武道の常識を再検討している。だから、自ら習ってきたことの土台が崩れ去るようで、敬遠される人も多い。


でも、広まっていないユニークな術理は、他を圧倒する要素になるものと考えている。


下の動画は、四方八方の領域が揺れて動きを惑わす もの。身体の領域を8分割ぐらいにして、それぞれが違う動きを内観する。この動きは相手に見えない程度なので、意識で対処出来ない。一方、無意識では気になって仕方がなく、その隙間を狙ってアタックすると、相手は止められない。