古武術研究家 甲野さんの術を研究しています。稽古会開催中。
2018年04月19日 (木) | 編集 |

スポーツで素晴らしいプレーが出来た経験は多くあろうが、ユックリと時間が回って、知らないうちにプレーが出来たという経験は稀でしょう。

フロー効果とか、ゾーンに入るとか言われるこの特別なシチュエーションは、望んでも訪れない難しさがある。

いろいろと調べて行くと、エクストリームスポーツに多く出現していそう。

例えば、エアレース、カヤック、レーシングなど、狭い空間で操る身体感覚に注目してみると…。

共通点のひとつは、身体を相当に窮屈な状態にしていること。外からの圧縮と窮屈な姿勢。

これをそのまま真似してみると、数日で効果が現れる。つまり、身体の動きが、表面が動けない分、内部が自ずと動いてくる。

この動きは通常の無意識下よりも、より深い所で覚醒されるようだ。だから、絶対に繰り返し練習してはいけない。

無意識な動きに深く関わるであろう、ゾーンの扉が少し開いてくるような実感がある。


2018年04月18日 (水) | 編集 |

この電車に乗らないと遅刻する、バス停に近づくバスを見て猛ダッシュするなど、焦る気持ちが具体的な動き、ここでは素早く走る動きを誘発する。

心で思うことと身体が直結するような感覚。歩幅は自動的に広く取られ、腕も大きく降っているでしょう。

これは、いわゆる意識的な動きを自動化した動きで、普段から走り慣れているから、同じ動きが自動的に繰り返される。

これとは違って、その時だけでも驚異的に早く走ることは出来ないのか?

意識しているような、いないような、そんな動きは、身体の内部感覚が引き起こすものと考えている。

身体内部を捻るような上下運動させるような、そんな動きから、体幹や手脚の動きを自然に誘発させる。

これに慣れてくると、感情と動きがダイレクトに繋がるので、より脱力の進んだ効率的な動きが可能となる。


2018年04月17日 (火) | 編集 |

世の流れに遅れないためにも、人気の映画は一応おさえておきたいと思う。

興行収入◯億、オスカー候補など、いろいろな宣伝文句が並ぶ映画は面白い。それだけ予算をハリウッドが掛けているのでハズレは無い。

でも、スピルバーグもルーカスも、初めはかなりの低予算、B級扱いだったらしい。「激突」などは、役者一人で冒頭からズーッと観客を引き寄せる恐るべき名作。

また、スポーツの世界も、膨大な予算で超一流の海外コーチを付け、本人の類稀な才能と相乗されて、トップを目指して行く。

だから、オリンピックで金メダルを取ったアスリートが、どう苦労してきたのか、そこに目が向いてしまう。

で、武術も意外なところから突破口が見出せるかも。

古の武術を参考に、様々な閃きで説く本会の新古武術。超低予算でありながら、B級映画の感動やB級グルメの美味しさがあるかも。

古武術を参考にされた小平選手のように躍進するカギが、B級武術から見つかるかもしれない。


2018年04月16日 (月) | 編集 |

いろんな年齢の人の動作を観察する中で、子どものハツラツとした動きは、カラダの中からパワフルなエネルギーを発しており、反対に歳をとるに連れ、カラダが硬い殻で覆われているように見える。

年齢は相対的なものであり、若くして殻のような動きをしている人もいれば、カラダの中からエネルギーが溢れ出る人もいる。

このエネルギーの差は、人の生まれ育った環境、つまり都市化に反比例しているようだ。

筋トレやスポーツでアンチエイジングを図れるとは思うが、カラダが甲殻類のような強固な殻を形成させるだけで、カラダの中のエネルギーが上手く放出できず、空回りしているように見える。

若さのポイントは、カラダの中のエネルギーをいかに多く放出しているかではないかと考えている。

感覚的には、若い動物が発するあの力強さに似ている。

で、武術的には、下丹田と中丹田を行き来するピンポンボールのようなエネルギーを内観上で弾ませる。

この弾みがエネルギーとなって、殻と化したカラダを脱力させ、弾むように軽く動かしてくれる。

いわゆる元気な素でアンチエイジングが可能。


2018年04月15日 (日) | 編集 |

何かに気を取られていたら、いつもの下車駅を乗り越した。考え事に熱中していたら、知らぬうちに家に帰っていた。など、時の流れが止まったような不思議な時を過ごす事がある。

心が何かに囚われ過ぎて、カラダが無意識に動いてしまっている分、人とぶつかったり転んだりするなど、注意が散漫になる。

こんな時、武術では無意識下の動きだからこそ、不意なアクシデントにも素早く対応できる、いわゆるカラダの自動安全システムが稼働する。

つまり、無意識下で全てをこなしてしまおうとするのが、古の武術の世界。ここが、スポーツや現代武道とは決定的に違う点と考えている。

この技術の習得には、チョット特殊な練習法が必要。

一例だが、非常に窮屈な状態でほふく前進を行う。目線は地を這い、視覚は半分くらいでその分聴覚を上げる。動物的な本能が徐々に覚醒される。

数週間続けると、カラダの動きを傍観しているような、自分ではないような意識が生まれる。