古武術研究家 甲野さんの術を研究しています。稽古会開催中。
2018年11月16日 (金) | 編集 |

仕事や遊びで、人が興味を持って取り組めるのは、本物を求める意識があるからでしょう。

興味の対象が人によって異なるのは、本物と思う基準が様々だからでしょうが、実際のところ本物と出会えているのか疑問。

で、我が身を振り返った時、これは本物だと直感したものが甲野武術。

で、今も本物の動きが自ら出来るようにと続けている。


2018年11月15日 (木) | 編集 |

幼少の頃は誰しも純粋だろうが、社会と関わりを持つようになると、徐々に純粋さが失われていく。

純粋を貫けば、必ず周りからの抵抗に会うので、これが社会性を身に付けることかも。

だから、じっくりと自分を見つめ直した時、子どもの頃の純粋はほとんど残っていない。自身を振り返った時、唯一残っているのが、武術への取り組み。

段位を狙う訳でもなく、人に屈しようとする訳でもなく、ただ純粋に術の開発に取り組んでいるだけ。

純粋さを取り戻したい方には、甲野さんの武術はおススメ。


2018年11月14日 (水) | 編集 |

良かれと思って行った事が裏目に出たり、失敗を引き起こして周りから非難される。

そんな経験も多いが、結局相手に気に入られようと思ったからで、姑息といえば姑息。

もっと純粋に自身の人生を考えた方が良いかも。

で、古の武術では、人生そのものを深く考える事で、術の道が拓いてくる。

別に、人格高潔とか博愛とかそんな大それたものを目指すのではない。生き方そのものを考えるキッカケになるでしょう。


2018年11月13日 (火) | 編集 |

素のままで生きれば、人とぶつかり合う。いつの間にか、ぶつかりを恐れて、対立を避けながら生きている。難しいぶつかり合いは、避けてしまう。

でも、どこかで挑まないと、何も生まれてこないと思う。

古の武術では、相手に挑む事で術が冴えてくる。

表面上は、正面からぶつから無いような振りをしたり、流すように動いているが、芯は密かに相手を通している。

対立を逆に活かしながら、術を磨くのが上達の秘けつ。


2018年11月12日 (月) | 編集 |

フェアな精神、フェアなプレーと、言葉では言えるものの、現実の社会では消えかかっていると思う。ほとんど死語になっているかも。

仕事ではコネクションや学歴も重視され、大学入試やゆるキャラ投票、一部のスポーツさえもその例外ではないでしょう。

良い悪いは別として、競争社会の性と言えるかも。

で、古の武術では、その講習会の際、力に自身のありそうな人に技が掛かるものか必ず試してみる。

相手も力一杯向かいこちらは技術で応戦する。当にフェアにぶつかり合う。ここから、術の改良が模索される。