古武術研究家 甲野さんの術をお手本に武術の動きを研究しています。稽古会開催中。
2019年06月14日 (金) | 編集 |


批判したり、されたりと、そんな番組が多い。夜11時ごろのニュース番組もそんな感じ。多分、その方が面白いからで、1日の仕事を終えて疲れている視聴者も、何となくそれを期待している。


人を批判するのは、面白い。ドンドン深みにはまってしまいそう。でも、よく考えてみると、良いところも多数あるから、○✖️の中庸を取っていたいのだが、分かり易いから人は二項対立を好む。


で、古の武術を習得するのであれば、この二項対立の考え方を改めなくてはならない。


気や呼吸、ゾーンなどは、意識と無意識の中庸に位置していて、理解が難しいから。


また、他の武道やスポーツに、たとえ古の術理が参考になっても、この中庸的な存在は好まれないでしょう。


動画は、呼吸法を使った相撲的な投げ技



2019年06月13日 (木) | 編集 |


見えないものを人は嫌うらしい。こういう人達は、統一的に管理されたクリーンな環境を求めるから、自然のように混沌とした秩序を受け入れられない。


家に、ほんの小さな虫がいるだけでも大騒ぎして駆除に走る。度を過ぎた抗菌も今の時代を反映する。


で、古の武術では、この見えないものを扱うから、現代人に嫌われる。何とか、数少ない愛好家の情熱により、今の古の武術は支えられている。


無名の人もいくらでもいると思うが、見えない力に真剣に取り組む熱意には頭が下がる。最近、DVDが発売された金山孝行先生の抜刀術は、数年前に実際にうかがったときよりも、かなり進化している。


その他、中島章夫さんや岡田慎一郎さんも、普通の体格をしているが、想像できないほどの大きな力を発揮するから、魅了される。


そこに、見えない力の存在を確信する。


動画は、見えない力を通すために、ソフトにアタックしている。強くやろうとした瞬間に、意図的で筋肉的な動きが出しゃばってくる。



2019年06月12日 (水) | 編集 |


梅雨に入ったこともあって、雨の日や晴れの日が交互にやってくる。で、出勤前に必ず迷うことは、半袖か長袖かどちらを着ていくのか。


人は、進化の過程で体毛が薄くなったから、外の気温の変化に身体が敏感に反応する。だから、エアコンは別として、着衣で温度調整する他ない。


でも、周りを見ると、いつも固定した服装が多い。社会性が、身体感覚を鈍らせるはずだ。


で、身体を追求する武術も、周りの温度、風、色彩に影響を受けるはずだが、これが案外なおざりにされている。


最新術理の気のような空腹感は、周りの風景をも巻き込んで、身体の状況が変化する。従来の狭義の内観とは一線を画す術理と考えている。


下の動画は、ハングリーバワーを使った柔道的な投げ技 


2019年06月11日 (火) | 編集 |

SNSやフェイクニュースなど、どれが本当のことかよく分からない時代だが、昔もよく似た事があった。

テレビでは、霊術や超能力の番組が取り上げられ、学校も正門には帰宅する小学生を対象に、何か不思議なものを売るおじさんがいた。

これらがインチキとは思えないが、どこか真偽がハッキリせずボーダーレスの魅力があった。

で、古の武術でも、ボーダーレスの魅力が大きい。「気」がその最たるもので、現代武道でも使われる言葉だが、誰もが分かって使っているのか疑問に思っていた。

でも、今ようやくその世界が見えてきた。「気」の解釈は、レベルに応じていろいろあると言う前提で、ハングリーな気分を作り、全身が冴えてきた状態で、考えないで動くと大きな力が宿る。相手に接触するときは、とにかくソフトにアタックして力を伝える。

下の動画は、ハングリーパワーで、制止された手を上げるもの。先づは、こんな練習から始める。

2019年06月10日 (月) | 編集 |

週一回の定期講座とは別に、月に2回程、体操教室を開催して、古の動きをベースにストレッチや骨の動きなどを、皆さんに教示している。

日頃から運動を心掛けている人も多く参加されているので、カラダが硬い訳ではないが、まるで石化しているようにカラダが固まって見える。

それは、ロボットのようにプログラミングされた動きで、生身の人の動きとは程遠い。決められた跡を、脳で正確にトレースしているような感じ。

でも、少し古の動きを練習していくと、生命エネルギーも高まって、カラダが現れてくるから不思議。

だから、古の武術を練習した者同士が練習すると、相手の動きがよく見えて仕方がない。そこで、動きをステルスするような術の習得に迫られる事となる。

ステルスには、技術的に行うものから、メンタルなものまで様々、最近では意識と無意識の結節点に立つような深い記憶を使う。

下の動画は、その意識と無意識の結節点に立てるような術で、空腹状態を一過的に作るもの。