古武術研究家 甲野さんの術をお手本に武術の動きを研究しています。稽古会開催中。
2019年03月14日 (木) | 編集 |

美味しいと評判のスイート菓子を、時に頂戴することがある。確かに評判とあって、新しい味わいを楽しめる。こんな時、テレビのリポーターならば、取ってつけたような言い回しで表現する。どうも「美味しい」だけでは、小難しい視聴者には伝え切れないらしい。

子どもに食べさせて、その表情を映せば一目瞭然だが、これでは正直過ぎて宣伝にならない。

で、古の武術も、言葉では伝えきれない感覚的な心法をどう伝えるかが、大きな課題。例えば、師匠はその感覚を実感として捉えているが、言葉で説明を受けた多くの弟子たちは「そのつもりになって行う」程度のレベルに留まる。

それを独り善がりで「出来た」と言い放つのは余りにも滑稽。こうならないように多くの人と練習するが、どこか嘘臭く思うようでは未熟で、実感として感じる事が必要。

「感覚的世界に生きているつもりではなく、そこにいる実感があるのかどうか?」自らも、おごらないように自戒したい。

下の動画は、唯識の境地で行って気配を消した小手打ち。唯識などと言う仏教の悟りを開くなど恐れ多いが、本当に自我を消した実感があれば、もっと気配が消えるでしょう。