古武術研究家 甲野さんの術をお手本に武術の動きを研究しています。稽古会開催中。
2019年01月21日 (月) | 編集 |

雄弁家は得をし、寡黙な人は損をする。こんな構図で社会は成り立っているなあと思う事が良くある。他人を負かせる程、言語能力に長けている人は天性の能力なのか?

ただ、その場の雰囲気で雄弁家は勝利を収めるだろうが、必ずしも正解であるとは思えない。黙っていても意を汲み取る日本的情緒はもはや存在しないのか。

自然に目を向けた時、風になびく樹々の音や鳥のさえずりを聞けば、何を語っているのか、古の人々は理解できたと思う。たとえ何も聞こえず沈黙を続けるものでも同様に。

例えば、電車の中では、我慢する他ないのでじっと沈黙を決め込むとか、嫌な相手には沈黙する事で距離を取ったりとか、沈黙もある意味こちらの意思を雄弁に語っていると言える。

で、古の武術では、太刀や杖など使う武器技があるが、一般的には自分の身体の一部のように動かすのが理想と考えられている。いわゆる、雄弁家のように太刀で語るのである。

でも、反対に、うわべは沈黙を保っているが、実は何かが宿っているような、沈黙の自然と考えると、動きがかなり軽やかになる。自身のカラダも自然の一部に同化させると同じ効果が得られる。

下の動画は杖術で、杖の握りには小指と親指との開きに注意して、杖は自然に流れる風に見立てて行う。身体の詰まりを消す良い練習法となる。詳しくは、「和の武術」http://kobujyutu.blog.fc2.com/へ